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ヨーガ(シュッディクリヤー)とアーユルヴェーダ(パンチャカルマ) その3 -6つのクリ―ジングプロセスの目的ー (1)より高次のヨーガ目的を、促進するために、ひとを、浄化する (2)プラーナ活動のためのチャンネルを、ひらく (3)プラーナーヤーマプラクティスを、促進する -パンチャカルマの目的ー (1)さまざまな病に、とりくむ (2)Rasayanaの能力、効果を、たかめる (3)すこやかであることを、たもつ ( diseaseですから、easeの否定 やすらかではないこと Illnessは、Illの名詞 なにかがわるいこと、もっというと、ふかんぜんなこと 東洋医学のいいかたでいうと、未病(みびょう)かな 現代社会は、diseaseから、Illnessへと、かなり、疾病構造は、変遷してきてます 内臓脂肪たっぷりなかんじの、メタボな内科医の先生が、肥満やメタボを、かたっていても、やはり、いまいち、説得力ありません なにより、肥満やメタボへのアプローチが、しめすことがアロパシーは、できない また、メタボは、はたして、そんなに、わるいもんなのかどうか? アロパシーは、このIllnessへの対応は、きわめて、不得手です あるアロパシー医が、わかい医師むけに、講演してました あなたがたは、患者さんを、治療で、よくしなくていいですから、とにかく、治療でわるくしないでくださいと?(いやほんとに) アーユルヴェーダは、インドという地域性きわまりないものですが ヨーガは、(これから、模索してゆくことを、前提として)きわめてボーダーレスです 100年後の小学校の教科書に、こんなことが、かいてあるかもしれません むかし、むかし、国という枠組みが、ありましたとさ それでは、みなさん、ごきげんよう ) ヨーガ(シュッディクリヤー)とアーユルヴェーダ(パンチャカルマ)その2 ー6つのクリ―ジングプロセスの様式ー (1)空気による (2)水による (3)摩擦による、または、器具をともなうことによる (4)からだの器官を、あつかうことによる ーパンチャカルマの様式ー <1>Purva Karma (Snehana, Svedana etc) <2>Pradhana Karma (同上) <3>Uttara / Pashchat Karma (Rasayana etcを投与すること) ( にほんじんは、アーユルヴェーダを、どう、かんじられていますかね ずいぶんと、神秘的なものとして、おかんじになられているかたが、おおい? へんに、毛嫌いしたり、または、どうしようもなくすばらしいもののように、とらえられていたり ことし、アメリカ人女性と、インドで、しりあいました 右の膝痛になやまされ もちろん、アメリカで、アロパシーの治療を、うけていました どんどんつよい薬がだされ、きかなくなる、ようは、薬剤耐性となって、手術を、すすめられて、それを、ふりきって、インドのケーララ州に、きます はっきりした病態は、わかりませんので、とくに、わたしは、アロパシー批判をするつもりは、ありませんので、ねんのため そして、アーユルヴェーダを、うけました さらに、ひどくなる、いたみ なにが、よく、なにが、わるいと、かんたんに、いえるものでは、ありません わたしが、ぞんじあげているかたでも、アーユルヴェーダで、病態が、ひどくなったかたたちを、多数ぞんじあげています インドは、まったくもって大味です 繊細なことは、治療にも、きたいしないほうがよいです ですが、あるアーユルヴェーダの先生にあい、このかたは、復調 そして、アーユルヴェーダを、勉強されていました わたしも、1時期、やってましたが いまは、もう、つかずはなれずです アーユルヴェーダも、ヒンドゥーであり、ヴェーダのメディカルデパートメントです これに、うずもれていっても、外人は、芽がでないどころか、根ぐされするのが、おちやな アーユルヴェーダは、めちゃくちゃ、インドという地域性、きわまりないもんです そとに、もちだすのは、ばかげてます もちろん、いろんなかたが、いていいわけですから ご自身の選択を、尊重しますけど それでは、みなさん、ごきげんよう ) ヨーガ(シュッディクリヤー)とアーユルヴェーダ(パンチャカルマ) その1 ヨーガ(6つのクリ―ジングプロセス) (1)Dhauti (2)Basti (3)Neti (4)Kapalabhati (5)Nauli (6)Trataka アーユルヴェーダ(パンチャカルマ) <1> Vamana <2> Basti <3> Nasya <4> Virecana <5> Rakta Mokshana TratakaとRakta Mokshana は、ヨーガ、アーユルヴェーダそれぞれに、特有の実践です ( 漢方でも、吐法や下法、汗法はあるのですが、あまり、現代では、つかわれていないと、おもいます ヨーガでも、クリヤーを、こなしているかたは、すくないと、おもいます アーユルヴェーダでは、いまでも、普通に、パンチャカルマは、つかわれてます かくゆう、わたしも、つかわせていただいてます 人類の叡智は、万人に、ひらかれていますから、ふれていけばいいのです ですが、人類のと、つくだけに、しょせん、にんげんのつくりだしたものであることを、わすれないほうが、よさそうです 最新のサイエンスだろうが、数千年まえからある、宗教やドグマもね それでは、みなさん、ごきげんよう ) 馴化について、すこし、まえにしるしました ことなる環境にうつされたせいぶつが、しだいに、その環境に、適応した性質をおびてくること ここユーロのさくらを、みてかんじていた にほんのサッカーは、たしかに、そだっている そう、おもえたのは、はじめてかもしれない こんかいのながれ、ワールドカップを、みてて、そうかんじました 欧州のサッカー、南米のサッカーのみを、みていることは、いっていのおわりを、むかえて しぜんに、にほんに、サッカーが、そだっていた もちろん、まだまだ、まなぶべきことは、たくさんあり、さきを、いっていることは、うたがいは、ないのだけれども にほんの仏教が、独自に、そだち、ねづいてきたように にほんのカレーそして、ラーメンが、独自に、そだち、ねづいてきたように にほんの鍼灸が、独自に、そだち、ねづいてきたように ブラジルに、柔術が、ねづいてきたように これからは、にほんのヨーガが、独自に、そだち、ねづいてくる? きばんなくても、しぜんと、そうながれてくるんやろーかな ただ、すこし、くぎを、さしとくと いのちの危機、そんざいの危機に、直面しているかたにとって、どんなすばらしいおしえや、実践は、ただのじゃまにしかならないってこと にほんにも、ひとのこなくなっている学部学科の統廃合のながれで、ヨーガ学部が、できてくるやろーけれども いぜんの、そして、いまのわたしは、おそらく、いかないやろーな にほんは、どこへいっても、かわんないにほんやからね それでは、たちいかないから、わたしは、インドへ、いかざるおえなかったからね インドのヨーガやヴェーダ、そんなものは、それだけでは、べつに、たいして、すくいは、ないのさ インドのぜんたい、はげしい気候やおそろしい人間模様 おじじに、おばば めが、きらきらした、がきたち もちろん、ヒンドゥーやその他のみえないながれ すべてに、であうことで、なにか、ほっと、するからね にほんで、これは、つくれない 外人が、インド人のまねをしていると、なんか、しぜんと、くさってくるしね にほんのヒンドゥー、これは、なしやな では、どうするのか にほんのヨーガが、うまれてくる そのときに にほんの、お家制度は、戦後解体された うえが、いないから、遮二無二に、なれたと、本田宗一郎さんは、いってた いまのにほんは、うえだらけ? 解体、そういいながら、お家制度を、日本人は、やめられなかった 会社が、お家となった 学会が、お家となった ・・・ お家をでたはずの、自由業、フリーなかたが、またしても、じぶんに、みみを、かたむけてくれる派閥を、つくりだす 疑似のお家、画壇、文壇・・・ 家のなかは、そのなかでの秩序を、まもるものには、とても、やさしいが、それを、まもれないものには、とても、冷遇する ムラハチブ しかし、それが戦後日本を、ささえ、発展させたことは、事実かな そんな、にほんの、お家制度も、かたちを、かえてきているが、これから、どうなっていくのだろう、たのしみである ’自分の中に毒を持て’ 岡本太郎さんが、いっている本を、むさぼりよんでから、ずいぶん時間が、たった やっとこさ、毒を、もちいきていくことの、だいじさに、ふれられるようになったかなと、かんじている たいがい、ひとは、その反対のことをいう ことばをたくみにつくろうも、底のにごりを、まるみえなどど、おきまりの揶揄するかたばかりだ (これも、しょうがないといえば、しょうがないかな、わたしも揶揄する側、される側?) (これこそ、おとなの目代表、言外に、だからおまえは、だめだを、ふくむ、わたしのなかにも、ひそむ、このおとなの目、通称みじ目) もっと、底も、なかごろも、おもても、じゃんじゃん、にごらせては、どうだろうか いきているあいだに、にごりのなくなるものなど、はたしているのか たとえいたとしても、それが、しあわせと、いえるのだろうか アーサナも、ごくごく、さいきんになって、やっと、これに、ふれているなと、かんじていれるようになった じかんは、偉大である たいがい、アーサナを、すると、からだが、おかしくなってくる 語弊をおそれずにいうと、からだがクルってくる 毒を、からだに、もっている? そんな気さえする 毒の字源 生(くさの芽生え)+母(子をうむ) 薬草のエキスをとって、生殖増強剤に、用いたもの 常用すると、ひどい害を、およぼす だいぶ、むかし、天竺(てんじく)、いまのインドの当て字として 身毒(シンドク)とされていたことがあるそうだ アーサナと毒 さいきん、やっとこさ、しっかり?ふれることができるようになったかな 自分の中に、毒を持て! こちらにきて、すぐに、しりあった現地のかたがいます 教会で、しりあいました わかいのですが、HBV、HCVです B型肝炎ウイルス、C型肝炎ウイルス、陽性なのです 医原病 にほんでも、ずいぶんいらっしゃいます いぜんは、注射器を、医療では、つかいまわしてましたから 医療をうけることで、やまいが、うまれる いまも、そりゃーうまれてますが、それが、わかるのは、数十年後 しょうがないでは、すまされないですが 医療ないほうが、いいとは、おもいません この現地のしりあいは、カトリックの信仰を、おもちです よくならないやまいという強烈なマイナスが、信仰を、ふかめているようにおもわれます ことなるものと、どう、つながるのか ここに、宗教性が、ふかまる素地が、あるのかもしれません これが、ヨーガかな ことばで、かくと、陳腐になりますが、ものすごい葛藤が、ありつづけるいらっしゃると、おもいます 結論なんて、いきているあいだに、でてくるとは、おもわれません やりつづけること、そこに、なにか、うまれる? おとこと、おんな これも、ものすごいエネルギーで、根幹から、ひかれたりします 性のエネルギーは、すごいんやね にほんの離婚率は、4割ちかくになってます たかい 結婚は、この性の統合だけでは、なりたたないみたい おとこと、おんなが、つながるには おなじところで、つながりあい また、ことなるところで、おぎあいあわないと、せいかつなんて、どろどろしたじっさいは、ヨーガが、うまれにくいのかな ですが、ことなるところが、ちかいほど、つながるのは容易 しかし、たいしたもん、うまれてこん ことなることが、おおきいほど うけいれがたい、おおきな差(ていど、ありますけどね)ほど それを、つなぎあうことが、できると うまれてくるもんは、絶世なるものかもしれません アロパシーと、それ以外の医療は、あまりにも、発するところが、ちがいますが だからこそ、つなげてゆくことに、おおいなる意義が、うまれるのかもしれませんね くるたのしい 近代、現代は、ひたすら、分けることで、すすみあゆんだ、人類も、おおきなまがりかどに、きているんじゃーないか 最終的に、宗教性は、サムシンググレート、なにか超越的なるもの、神といってもいいですが、それとの、合一が、はしらになってます そんなこと、でけたひとは、いない? これも、ある意味で、真実かもしれません いきてゆくことの、じっさい しかしながら、理想のない人生は、あまりに、あじけない 理想といっても、理想をめざすと、まず、あかんですな 理想は、おてんとうさんみたいなもんかもしれません おてんとうさんに、ちかずくかていで、焼け焦げて死んでまう おてんとうさんから、ひかりをえて、ぜんぶが、みえるようにしてもらっている それが、理想の役割? ヨーガは、たいへんやな とともに、めくじらたてず、ぼちぼち こんなに、おもろいもんないかな あらためて、やってこと おもわしていただいた、B肝C肝の友なのでした PS にほんのCちゃん 無事にこどもが、うまれて、よかったー 心配しとったよ おめーやったら いいかあちゃんに、なるやろ~な おめでとう あいかわらず、ネットには、つながりません 大家さんに、いってみます ヨーガを、ひとに、おすすめするときは、とりあえず、まいにち、やってみることです と、いわせていただいてます そうすると、それに関して、いろんなこと、のぞんでいること、のぞんでいないことを、へざるおえません しかしながら、つまらんものは、なかなか、つづかないわけです ですので、まず、はじめに、ならうところが、その後のヨーガにおいて、最重要ということになります ヨーガにかんする本を、よんだり、授業を、うけるのは、ですので、それなりに、意味を、もちます やっていることに、関心が、ふかまっていくのが、よい本であり、授業ということになります 先生のつとめは、ご本人が、なにより、そのやっていることを、たのしんでいる、これに、つきます その後姿を、微妙に、生徒は、かんじとって、いくわけですから カイヴァリヤダーマで、よかったー また、ある一定期間、集中して、やる期間を、もたないもの、身体に関して これは、もう、どうしたって、身につきません 週2~3回なんてものは、ストレス発散とかには、つかえても、身には、まったく、つきません そんなものは、やめてしまったほうが、身のためです 身につけるには 身銭をきる(これは、とてもだいじ、もとをとろうと、ひっしになる) 時間をついやす エネルギーをつぎこむ ミとは、カラダとは、どうも、じゃかん、ちがうのかな ミになる 身であり、実であり・・・ しなくちゃいけないことが、つづいてくると、どこか、なめが、はいってきているようです どこか、ばかにして、のぞんでいないと、おもいつつ、そうなってしまっていることが、あるかもしれない そんなすきまから、はいりこんだものが、ぽこりと、いまののぞんでいない結果へと、あつまってきているような ですが、そのおかげで、また、ぱりっと、きもちをして、しんせんに、のぞめるから、ふしぎです あまり、よくないながれのときに、ヨーガプラクティスや、ヴィパッサナーが、しずかに、たおやかさを、ひからせるんですよね タイトなせいかつになっても、なぜか、つづけていると、ふだん、なんてことのないもののように、みえている、実践が、ぎすぎすしはじめた、ながれに、かんなを、かけてくれているような、してくれていないような ほたるのぼやっとした、くらがりに、たちあがる、しずけさのような ほのきらりとするヨーガ みなさまも、いかがでしょうか わたしが、インドに、はじめていったころ ちらほら、ききはじめていた、ことばがありました そのころ、しりあった、ITエンジニアのかたたちから、ストレスのために、就業時間に、ヨーガが、とりいれはじめているとね 現在は、インドでは、ヨーガ関連の施設では、やたらめったら、ききます、このことば ストレスマネージメント すこし、はなしを、かえます じぶんのすんでいる、ここユーロ じぶんのいるコミニティーには、いろんな国から、いろんな人種のひとが、つどっています そして、すこしまえに、パキスタン系ノルウェー人が、交通事故で、お亡くなりになりました 原因は、ドラック コカインとハッシッシを、使用していたことが、わかっています ドラックは、お金さえだせば、どこでも、手に、はいることは、世界の国々、かわりなさそうです そして、ドラック禁止運動を、していることも、かわりありません では、なぜに、ドラックを、しなければ、いけないのか また、ここでは、たいへん、アルコール依存症のかたが、おおいことも、事実のようです そして、もう1つの快楽、セックスは、したいひとと、お金で、それを、うりたいかたは、古今東西かわりなく、あふれています ドラック、酒、セックス なぜに、ひとは、ここの快楽のなかに、うずもれていくのか はなしを、もどします 現代インドのヨーガ界で、ストレスマネージメントのことばを、きかないことは、ありません では、いままで、インドに、ストレスは、なかったのでしょうか ずっと、インドに、すんでいるわけでは、ないので、なんとも、いいかねますが インドのはげしさ、すこしでも、気を、ぬくと、いのちまで、もっていかれるかんじは、以前から、かわらんとおもわれます 北からは、イスラム教が、だいぶ、はいりこんでいます 南からは、キリスト教 まんなかからは、インド、ネオ仏教 それ以外に、ジャイナ教、ゾロアスター教などなどのマイナーやけれども、お金もちの宗教もあります そのなかを、ぬぐうように、あらゆるヒンドゥーが、しのぎを、けずっています どうも、ストレスは、いぜんから、とうぜんのごとく、ありつづけている? いままでにない、ストレスが、のしかかったと、みたほうが、いいようです それは、では、どんなストレスであろうか もうすこし、観かたを、かえてみます インドのアルコール消費量、爆発的に、のびていることが、統計ででております 金を、もちはじめて、まず、つかうところは、口に、はいるもんに、つかうのは、どこもいっしょ そのあとに、車や家に、つかわれるようになりますね 2008年度は、インドのビール市場15%増、ワイン30%増だそうですから、こりゃー、ヒンドゥーで、禁酒を、うたっているにも、かかわらず、すごいのびですよね どうして、酒が、ここまで、ふえるのか インドは、生死が、渾然一体となっています このなにも、かも 相容れがたいもんが、なぜか、おなじ土俵に、あるという皮膚感覚 これこそ、インドの魅力のうちの1つです わたしは、こう、かんじているのです 死が、どうも、インド社会から、とうざかってきつつあるのでは、ないか 死が、まじかにあると、まさに、生が、じぶんとともにある 先進国といわれているところは、死が、きわめて、ないことのように、あつかわれているのは、おなじようです 日本も、死、とおくに、あると、おかんじになりませんか? 死がまじかにあると、生が、かがやく、これは、いのちを、かけて、なにかに、のぞんでいるときに、だれもが、おかんじになられたことが、あるのでは、ないでしょうか そのことばになりようのない、もやもや感、生が、とうざかりつつあることを、みんな経済の謳歌を、しつつ、どこかで、インド人は、かんじはじめているのでは、ないか それが、ヨーガセラピーという、ヒンドゥー信仰治療、おおはやりにつながり バガヴァットギーターの講義などなどで、サプリメント ストレスマネージメントのことばの、1人あるきであり 酒であり、セックスであり、ドラックに、つながってきているのでは、ないか だからといって、死を、あんいに、せいかつに、ひきいれることは、カルトを、うみだすか または、暴走族などの、ただ危険や死の、大安売りにしかならないのでは、ないか いきていることが、不安で、不安定 生が、根幹から、おびやかされている? あなたは、ストレスマネージメントに、なにを、みますでしょうか それでは、みなさん、ごきげんよう 電気ポットが、こわれてしまったの、買い換えました 2100円ぐらいの新品です いぜんのものは、沸騰するまえに、電源が、きれてしまうようになりました なんどか、こんな状態が、つづいては、なおりをしていたのですが、とうとうです 日本で、うられているようなタイガーや象印のような、ハイテク電気ポットは、うってません ただ、底に、コイルがあり、それで、あたためるという、いたって、かんたんなつくり みずは、硬質なので、しばらくすると、ポットのなかは、真っ白く石灰?が、へばりついてきます ナーグプルの森のなかでも、のみみずは、すべて沸騰させて、大量の白い沈殿物を、のぞいてから、のんでいました 新品は、またしても、やってくれます なかを、もちろん、あらって、つかっているのですが、使用後のみずには、なんとも、ケミカルなにおい、あじが、とれないのです 新品のふとんでも、さくねん、ケミカル攻撃に、くるしめられましたが、つくっているかたたちは、なにを、しているのか、わかっているのでしょうか? こりゃー、健全じゃーねーよ? そう、健全について、ここのところ、しばらく、かんがえていましたので、それについて、かきます まず、池袋は、わたしの十代のころようけ、つかわしていただいた町でした 東武側と西武側 ものすごいちがいが、ありました 西武側は、いぜんから、いらけていましたが、東武側は、こりゃーあかんやろという雰囲気、そしてひとが、いきかう、なんともいえん空気が、あったのですが 近年の再開発で、もののみごとに、きりひらかれて、どちらも、そんなに、かわらなくなりました ようは、健全になったと、みなさんは、おもわれるかたが、おおいと、おもいます はたして、そうでしょうか? わたしは、にほんで、まったく、ヨーガに、ふれたいとは、勘?で、おもいませんでした かかわらんで、よかったとさえ、おもっています これは、いまも、じつは、かわりありません その後、縁があって、インドのカイヴァリヤダーマカレッジに、入学し、すごす機会に、めぐまれました これは、勘?で、いったほうが、いいと、かんじたからでした にほんでは、あじわえない、なにか、ほんものに、であえるというものと もう1つは、サイエンスとして、なりたちを、みているのを、本でしり、だれか、1人の教祖を、にほんのように、その拠り所にしていないことを、かんじいったからでした 予想は、もののみごとに、おおあたり じつに、すばらしい時間を、すごせたのでした しかしながら、いまは、このインドのヨーガが、健全かと、とわれれば、沈黙してしまいます たしかに、いろいろなことを、おもてだって、体系化され学問としても、なりたちをみるものの1つに、なるながれにありますが ヨーガは、はたして、そんなに、なんでも、かんでも、おもてに、だして、あつかえるものか そして、それを、あつかえたとしても、それが、健全なことなことなのかどうか、かなり腑におちないでいます だからといって、OOヨガ・ヨーガと、じぶんのなまえを、つけて、教祖が、君臨する、ヨーガには、まったく魅力を、かんじません インドにも、日本にも、こんなのばっかりで、うんざりすることも事実です 健全とは、すべてが、すこやかなことを、いうのだろうか? なにもかもが、よいことづくめであることは、ほんとうに、健全といえるのだろうかとね これを、こうこうだと、定義できないとしても それが、教祖の商売や権力維持など、または、やんでいるなどの、マイナスイメージと、対局にありそうなことは、おおくのひとが、ご理解していただけることだろうと、おもいます それは、セオリーとしては、そうなのかもしれないわけですが しかし、ひとが、この世界で、いきている、そのじっさいを、観てみると そう、あんに、わりきって、かんがえることは、かなわないことばかり?かもしれません 一病息災などという、チエ なんらかのやまいを、もっているものは、なんのやまいを、もたないものよりも、ながく、いきているじっさいを、あらわしている表現です あまりにも、健全でありすぎることは、つぎの健全でないことを、もたらす要因にすらなっていると、いえそうなのである アカデミズム側が、教祖側とは、ことなることを、ひっしで、追求し、固執するあまりに、ひとやこの世界のじっさいを、あまりにも、ないがしろにしているように、うつらないでもないのです インドにいると、とても、理不尽な目や、いのちにかかわる出来事が、これでもかと、やってくるのであるが なぜか、きわめて、健全なかんじがして、からだ、こころ、たましいいが、しっかりと、おさまりがよくなり かおが、1週間もすると、すっきりしてくるなんてことは、なんどとなく、経験づみなのである 極と極が、じつに、フレキシブルに、いれかわり、たちかわりして、自由闊達に、そんざいしえていると、こころに、うつるのであります もっと、ヨーガと健全とは、ひろく、のびやかな視点で、みてみたいものです とても、いぞがしいさなか、ブログなどを、更新しているのは、なんとも、健全じゃーないと、いわれそうですけれども・・・とほほ < 前のページ次のページ >
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